第一話「終局」

582年6月2日夜、信長は京の本能寺で夜を過ごしていた。

ふふふ、関東は滝川一益が、北陸は柴田勝家が、中国は猿が(羽柴秀吉)、どんどん敵対勢力を打ち破っておる。四国の長宗我部も、もうすぐ落とせるだろ。九州や北陸など軽い軽い。もうわしの天下統一はなったも同然よの。

そんな信長を見て、うれしそうに尋ねる女性。

「御機嫌ですね、殿。」

信長の正妻である濃姫である。もう信長と同じ50前後の年齢であろうが・・・、とても美しくそんなふうにはとても見えない。政略結婚だが、信長との仲は良好であった。

「だが、つまらんの。今まで天下統一とはりきっておったが、いざそれが達成されてみると、どうってことないんじゃ。」

「どうせ、こんなちっぽけな国では・・・ですか。」

信長がこの口癖を濃姫によく言い出し始めたのは、京入りして、南蛮人に地球儀を始めて見せられたときからだった。彼はこの時地球が丸いことを即座に理解したと伝えられている。

信長は枕の横に置いて合った、この時代、最新式の地球儀を回しながら言う。

「そうじゃ。みろ、このちっぽけな島を。これが日本じゃ。こんな狭い地域を占領すれば”天下統一”などふざけとるわ。」

濃姫には、何回信長に説明されても、このことを理解することができない。なぜ、世界が丸いのだろうか?どう見てもそんなふうには見えないではないか。なぜ、日本がそんな小さいのだろうか?こんなに広いでないか。しかしその疑問を信長に尋ねることは彼女は一度もしなかった。

思えば、この人と私が始めて出会ったのは、もう30年以上前になるんだろうか。いきなり大事な婚礼をすっぽかされた時には不安でたまらなかった。ただでさえ、私は政略結婚で敵対国から嫁いで来た姫だった。父の斉藤家と織田家が争えば、いつ殺されても何も不思議はなかったものね。

それから半刻(一時間)後に、やっと来てくれたときの服装がまたすごかった。なにせ、ぼろぼろの普段着なのである。確かに”うつけ”と言う評判は聞いていたが、あそこまでとは、とても思わなかった。そして馬で私をいきなりさらっていったのだ。周りの家臣や、織田信秀(信長の父)様は、なんとか殿を止めようと必死になってたけど、あなたを止めるなんて誰もできないわよね。そう昔も今も・・・。

信長様が、私をさらっていった先は小さな田んぼだった。そこで利家様と秀吉様が待っていて鷹狩をし始めたのだ。鷹狩の優雅な格式など鼻から無視して・・・、ただ、獲物を取るためだけの鷹狩でしたわ。でもそのかわり取れた獲物の量は半端じゃなかったのよね。とても全部食べきれなかったわ。・・・始めは呆れてみていた私も、いつのまにか夢中で鷹狩に加わっていたわ。

でも、秀吉様は、そのころ鉄砲が本当に下手で・・・。一人だけ全然当たらなかったのよね。それで、あの時始めて鉄砲を撃った私が獲物を獲っちゃったから、すごく落ち込んでたわ。今は普通ぐらいの腕にはなってるんだけどね。

その後、お城に帰ると当然みんなに、たくさん叱られたけど、殿は完全に無視してたわね。ふふふっ、始めはびくびくしてた私もいつのまにか信長様と一緒になっちゃたわ。

そうそう・・・その日の夜は忘れられないわ。あなたったら、あっちの方は意外と、うぶなのよね。普段の殿からは想像もできないくらい、かわいかったわ。ふふふっ、今でもそうか。でも、あの日から半年後、あなたが側室といっしょに夜を過ごしたときは・・・嫉妬に狂ったわよ。でも、どうして私、子供できなかったのかしらね。あなたをこんなに愛しているのに。

お父上の信秀様がなくなられた後はつらかったわ。殿の実の弟の織田信行様が、反乱を起こしたの。あの時信長様は内にも外にも敵だらけで・・・。なんとか反乱は収まったけど、信長様は最後は自分の剣で弟を殺したわ。表向きは鉄砲の流れ弾が当たって死んだことになってるんだけどね。この事を知っているのは、私と平手様だけ。もっとも平手様はもうとっくに亡くなられてるけどね。

しかも、この頃、私の父と兄が争いを始めてしまって。決局父は、自分の息子である兄に殺されたわ。兄上様、私にはあんなに優しくしてくれたのに、お父様も世間では色々言われてたけど、私に愛情をそそいでくれていたのに。どうしてあんな事になっちゃったの。

ようやく反乱が収まって、少し落ち着いてきと思ったら、今度は駿河の今川義元が殿の領地に攻めこんできたのよね。相手の兵は4万よ、4万。こっちは5000しかいないって言うのに。でも、信長様の奇襲が見事成功して、勝っちゃったのよね。でもあの時勝った事が一番信じられなかったのは信長様自身だったのよ。家臣には計算済みだったといわんばかりの顔をしてたけどね。

その後、信長様は”天下統一”の旗を掲げ上げて、その第一として美濃(岐阜)を手に入れるために、兄と戦争を始めたわ。始めの頃は小競り合いが多くて、私はどっちが勝ったと聞いても、悲しくて仕方なかったわ。結局、その戦争中に兄は、三途の川に行ってしまって、信長様は美濃を手に入れたわ。

それから三年後、浅井長政様と同盟したんだけど、結局姉川の合戦で、裏切られちゃったのよね。もっとも殿も約束を破って朝倉家に攻めたから、お互い様なんだけど。長政様に嫁いだお市様(信長の妹)はつらかっただろうな。

それから六角家を破って京に入ったのよね。そしたら、今まで殿の見方だった、幕府の征夷大将軍の義満様がうらぎって”信長包囲網”なんてものを作ってきたのよね。あんなに殿が協力してあげたのに突然裏切るなんてひどすぎるわ。三河の家康様がいなかったら今頃、織田家はとっくに滅んでるわね。

でも、一番苦戦したのが、武田でなく、上杉でもなく、お坊さん(本願寺)だったのには驚いたわ。なにせ信仰のためなら命を捨てて織田軍に攻めてくるのよね。兵糧攻めが裏目に出て、猛反撃をくらって、一時は殿の命が危なくなったときさえあったわ。やっと2年前に本願寺を降伏させたのよね。本当、怖い連中だったわ。

その頃には、もう信長様の優位は固まっていたわ。だって武田信玄様も上杉謙信様も亡くなっていたもの。内乱なんかで、家の力自体弱まっていたしね。

そのうえ、武田は7年前、長篠の戦で信長様が大きな打撃を与えたからね。あの有名な三弾撃ち、佐々成政様が考えたんだけどね。実は、成政様は鉄砲二段撃ちを始めて思いついて実行した人なのよ。本当頼りになる人ね。ただ、秀吉様とは仲悪いんだけどね。

そうそう、武田はつい、四ヶ月前信長様が滅ぼしたわ。武田信玄様の息子で、武田家当主の勝頼様は、最後は見事に切腹されたそうだわ。

なんだろ、今日は昔のことばかり思い出すわ。私も、もう50・・・。歳ね〜、おばあちゃんだわ。ああやだやだ。いつまでも若くいたいわ。

「濃。なんだか外が騒がしくないか。」

その声にはっと現実世界に戻る。だれか酔っ払って大声でも出しているのだろうか。障子を開けて様子を見てみると、突然、殿の小姓の蘭丸が大慌てで走ってきた。

「申し上げます。明智光秀様が裏切り。約一万の兵でこの城を完全に包囲したようでございます。」

「なに、光秀が。」

あわてて、ふすまを開け外を見る信長。外は兵士で埋め尽くされていた。旗は桔梗、謀反をしたのが明智軍である証拠である。もはや逃げ場がない。さすがの信長も自分の最後を悟らざるを得なかった。

蘭丸に火を放つように命じ、まっ白な死装束に着替える。濃姫も信長と同じ死を選んだ。女の自分なら、あるいは光秀様は見逃してくれるかもしれないが・・・、そんな、みっともない事はしたくなかった。そしてそのことを信長に伝えると彼も了解する。

いつのまにか、蘭丸はいなくなっていた。切腹したのか?近くにあった槍でも持って、無理を承知で明智軍に立ち向かっていったのか?もはやわからない。

信長は愛用の脇差を、濃姫は短刀を取り出す。濃姫の短刀は信長に嫁ぐ前に父からもらったものである。父は信長がもし”うつけ”がカモフラージュで”大人物”であれば、この短刀で刺せと命令した。思えば、あれが父が私に残した最後の言葉だった。まさか、自分自身に使うことになろうとは。

周りがいっそう、やかましくなっていた。どうやら、明智の兵が本能寺に、進入してきたようだ。信長の首を狙って、目はぎらぎらになっていた。明智光秀は信長の首を取ったものには20万石の領地をやると宣言していた。

人生わずか50年、ふふふっあの敦盛は本当だったな。まさか天下統一を目の前にこんなところで俺が死ぬことになるとはな。俺は所詮、こんな小さい国の王にもなれん器量だったか。

思えば、光秀とは延暦寺焼き討ちで意見が食い違い、あいつは立場上、渋々反対を取り消さざるを得なかったが、かなり恨みを持っていたようだ。俺が能力がなければ、譜代の家臣でも解雇したから焦りが出たのかもしれん。解雇したやつの中には、光秀と仲の良かったものもかなりいたからな。

しかし、決定的になったのは俺が奴の領地を召し上げにしたからだろう。中国攻めで手柄を立てたら、百万石くらいはやるつもりだったんだが・・・、光秀は、自分を解雇する気ではないかと誤解してしまったか。まあ、俺の性格じゃ、あいつが誤解するのも当然かもしれんな。

さて、地獄の閻魔様とやらに、お会いするとしますか。

「濃。やるぞ。」

信長が合図をすると、一斉に腹を刺す二人。両名とも己の胴体を見事に真っ二つに切断した。まもなく明知軍が突入したが、二人の遺体は一向に見つからない。まだ、完全に火が回ってなかったにも関わらず・・・。戦国の覇王、織田信長は、このとき49歳であった。


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